文学フリマ事務局通信

主に文学フリマ事務局代表が書く雑記帳です。

最後の珈琲

 私の古い友人Sの両親が新宿で営んでいた喫茶店が一月いっぱいで閉店するという話を聞いたのは、昨年末のことでした。その友人とは中学生時代からの付き合いであり、同じだけの時間をそのお店ともお付き合いしてきました。

 地下にあるその喫茶店はまさに隠れ家的な雰囲気があり、壁にはタレイランの格言がありました。自宅でも毎日コーヒーを淹れる私ですが、このお店のサイフォンは特別なものでした。また週替わりのソーダ水がとても魅力的で、いつもコーヒーにするかソーダ水にするかを迷ったものです。

 私は『オールナイト・カフェ』というゴッホの同名絵画をモチーフとした演劇の脚本を担当し、昨年の七月に公演したのですが、その舞台として描いたカフェにはこのお店のイメージが強く投影されていました。私にとってはそれほど思い入れのある場所でもありました。

 高校・大学時代は多くの友人を連れて行きました。「こんな店を知ってるんだぜ」とわざわざ口に出す必要もないほど、皆が感心してくれたものです。もちろん女の子ともよく行きましたが、実のところ同じ娘と二回以上行ったことはありませんでした。いつか「望月くん、いつも違う女の子と来るよね」と言われたかったからです(とうとう言われませんでしたが)。

 さらに私が初めて文学フリマ事務局の活動に関わった三年前、新事務局立ち上げの初会合で喫茶室滝沢に集まった有志を二次会的に案内した喫茶店もここでした。確か八人くらいの人数をぞろぞろと引きつれていったのですが、温かく迎えてくれたことを思い出します。喫茶室滝沢ももはや無いのですから、時の流れを思い知らされます。


 そして、今日、私はおなじく古い友人であるKを連れてそのお店へ訪れました。地下に続く階段を下りて中に入ると、そこには就職をしてからほとんど手伝いをしていなかったはずのSがウェイターとして忙しそうに働いていました。またしばらくするとまた別の、これもまた古い友人のIがやってきました。ようやく私は、まさに今日、27日がこのお店の最後の日だったことを知ったのです。

 SとKとIと私。期せずして中学の同級生が揃い、自然と思い出話が口をついて出てきました。これがまた次から次へと色々なことが思い出されてくるのです。時間を忘れて夢中になってしゃべりました。

 その長い時間で、私は珍しくコーヒーを二杯注文しました。付き合いの続いていく友人との語らいは楽しく、別れを告げる最後の珈琲は苦く、新しい思い出として残っていくのでしょう。